「さて、俺は先に天枷研究所に行っておくぞ。ちょっと気になることがあるのでな」

「あっ、待って杉並君ボクも行く」

 魔族との戦いに勝利した後、杉並とさくらは天枷研究所へと向かった。なぜ天枷研究所なのかと言うと前回の戦いで魔王が封印された後魔族と戦う術を生み出すために作られた研究所、それが天枷研究所なのだ。と杉並が言っていた。

「わたしたちは家に帰っておくね。行こうお姉ちゃん」

「あっ!ちょっと来夢!!」

 音夢を巻き込むのを避けるために、来夢は音夢を連れて家へと向かった。正直音夢にはできるだけ平和に暮らしてもらいたい。俺や来夢とは違い魔法使いの血脈ではないから魔法が使えないただの一般人なのだから。

「それじゃ朝倉、俺たちは風見学園に行こう。まぁまだ大丈夫だとは思うが、白坂や眞子達の身が心配だ」

 そして、さくら達を見送った後、俺と日之影は風見学園へと足を運び始めた。

 

 

 

 

 

第二話

      洗脳師、純一対眞子

 

「それにしても、さっき俺が使った魔法・・・・・・あれは何なんだ?」

 走るわけでもないがノロノロと歩くわけでもなく、ちょうどいいぐらいの速さで風見学園に向かう中、俺は日之影に尋ねた。

「あぁ、さっきお前が使った魔法か。まず、魔族の攻撃をはじき返した防御の魔法・・・あれはガードオブネイチャーといって、自然の力を身にまとい防御力を上昇させる魔法だ」

「じゃああのサンダーフレイムって魔法はなんなんだ?」

「あれは一応高等呪文に位置する魔法だ。あれくらいなら俺も使えなくもないが、俺は基本的に剣術の方が得意だから滅多なことがない限り使わないな」

 確かに、さっきの戦闘中、日之影は一度も魔法を使っていなかった。だとしたら魔法を使ったらもっと強いんじゃ・・・・・・。

「んっ?あれは白坂じゃないか?」

 日之影がやや駆け気味に歩きながら言った。俺たちが向かう先40メートルくらいの位置に、見覚えのある姿があった。・・・・・・よくこの距離でわかるな、俺も日之影も・・・・・・。

「おーい白坂―っ!!」

 俺たちは走って白坂の元へと向かいながら白坂を呼んだ。その声に気づいた白坂が俺たちのほうに振り返りそのやや長めにしてちょっとボサボサな髪が風でなびく。

「あ、朝倉に日之影ー!お前らどこに行ってたんだよ!!!」

「それより何でお前がここにいるんだ?」

 怒る白坂を無視して俺は白坂に尋ねた。どこに行ってた・・・・・・と聞くのであれば、お前もなぜここにいるんだ?

「そう、それだよ!俺はお前たちに知らせないといけないことがあって探してたんだ!!」

「俺たちに知らせたいこと?」

 白坂ははっと何かを思い出したかのような顔をして言った。俺たちに知らせたいことってのは何なんだ?自習してなかったから宿題のことか?

「もうこの際実際に見たほうが早い、俺と一緒に急いで風見学園に来てくれ!」

「・・・・・・まさか・・・・・・」

 白坂が俺たちに風見学園に早く行くように促し、日之影が呟く。もしかして、風見学園にあいつらが?

 俺と日之影は一瞬顔を見合わせてコクリと頷き、白坂といっしょに急いで風見学園へと向かった。

 

 

 

「・・・・・・・一見何も変わりは無いように見えるが・・・・・・」

 風見学園の校門に立っている俺は校舎をみて感想を述べた。外傷ひとつなく、まったく代わり映えのない校舎だった。

「いや・・・・・・まずいな。白坂、もしかして眞子は屋上か?」

 俺が代わり映えは無いと言ったのに対して日之影が何かを察知して、白坂に尋ねた。

「・・・・・・あぁ・・・・・・」

 白坂は日之影にそう答えると、

「ちょっと準備があるから待っていてくれ」

 といって部活動支援施設の方へと走っていった。

―――それから数分後―――

「いやー、ちょっと準備に手間取った、すまん」

 白坂は日本刀ではなく西洋風の黒い鉄の鞘に納められたやや細めの一振りの剣とともに戻ってきた。

「なかなかこいつが見つからなくてさ」

 白坂はそういいながらその黒い鉄の鞘から剣を引き抜き、鞘の色とは全く逆の光を反射して輝くその白い刃を見せる。そして錆一つないことを確認すると、その刃を鞘に納める。

「もしかして・・・・・・お前も研究所の関係者なのか?」

 俺が白坂に問いかけると、

「いや、俺は知らないぞ」

と白坂ではなく日之影が答えた。すると白坂が、

「この剣は剣道部主将である俺に顧問の先生がくれた物だ。なぜ日本刀ではなく西洋風の剣なのかは教えてくれなかったけど・・・・・・まさか真剣なんて使うことないと思っていたのに・・・・・・」

と言った。真剣を使うってことはやっぱり・・・・・・。

「日之影、さっきまずいって言ったのは・・・・・・」

 俺は日之影にさっきまずいと言った理由を尋ねた。するとやっぱり予想通りの答えが返ってきた。

「・・・・・・間違いなく、魔物がいる。それも厄介な奴が・・・・・・」

「あれはやっぱり魔物だったのか。初めて見たよ、というかあんなものが本当に存在するんだな」

 日之影が俺の問いに答えた直後、魔物という単語に反応して白坂が言った。もう隠す必要はないだろう。隠したところで・・・・・・もう遅い。

「白坂、お前実戦経験は?」

 白坂をこの戦いに巻き込む覚悟を決めた日之影が白坂に尋ねる。おそらく、戦力になるかどうかを確認しているのだろう。事実、戦力にならないようであったら、さっきの俺みたいに邪魔になってしまう。

「魔物と戦ったことなんてないけどさ、俺には剣道で磨いた剣術がある。少しは戦力になるはずだ。頼む、連れて行ってくれ」

 白坂が日之影に頼み込む。その眼は真剣で、間違いなく魔物と戦ってみたいという想いではなく、クラスメイトを救いたいという意志を持っていた。

「わかった、それじゃ屋上へ向かおう」

 白坂のその想いを感じ取った日之影は白坂にそう答えた。白坂は少し微笑んで喜んだが、それも一瞬、すぐに真剣な表情になった。そして、俺たちは屋上へと歩みだした。

 

 

 

 屋上への階段を上りながら、俺は段々魔物の気配を感じてきた。魔物だから、さっきの魔族ほどの魔力は感じなかった。が、だからこそさっき日之影が言っていた言葉が気にかかる。

―――厄介な奴が・・・・・・―――

 日之影にそこまで言わせる魔物ってのはいったい・・・。

「着いたぞ、準備はいいか?」

 扉の前で足を止めてこちらの方に振替って日之影が俺と白坂に尋ねる。尋ねるのは構わないが、準備もなにも俺に武器なんてない・・・・・って俺に武器くれよ・・・・・・。

「オーケー、ばっちりだ。いつでもいいぜ、日之影」

 俺とは違い白坂は腰にした鞘から剣を抜き、白い刃をみせる。そして、それを構える。

「・・・・・・いくぞ」

 白坂が剣を構えたのを合図に日之影が扉を開けた。その瞬間、扉の向こうから強い風が俺の体に吹きつける。その長めの黒い髪をなびかせながらまず日之影が扉の向こうに出て、続いて白坂が出る。そして、最後に俺が外へと出た。

 そこで俺たちを待っていたのは・・・・・・。

「眞子!!!」

 俺たちをそこで待っていたのは、宙に浮いている人型の魔物とおそらくその魔物の部下だと思われる右手に棍棒を手にしたオークのような魔物が1体ずつ。そして、それといっしょに居たのは青、いや緑色の髪を肩のあたりで切り揃えてボーイッシュな感じの女の子・・・・・・そう、眞子だった。

「眞子!!」

 俺はとっさに眞子の名前を呼んだ。すると眞子は俺の方を正視したが、その目には光が無く、およそ生きている感じがしなかった。

「朝・・・倉・・・・・・」

 眞子は俺を正視したまま俺の名を呼ぶ。先も言ったが眞子の目は虚ろで普通じゃなかった。

「朝倉・・・・・・コロス・・・・・・」

眞子が次に発した言葉、それは衝撃的な、俺を殺すというものだった。その眞子の発言を聞いて日之影が、

「やはり洗脳師か・・・」

 と宙でプカプカと浮き沈みしながら浮いている魔物を見据えながら呟いた。つまり、今の眞子はあの宙に浮いている魔物に操られているのだ。と日之影が説明する。

「じゃあ眞子と戦わないといけないのか?」

 俺は日之影に言った。眞子と戦うなんて、俺は嫌だ。そもそもいくら眞子とはいえ女の子を殴るなんてのは趣味じゃない。

「眞子を救うにはあの洗脳師を倒せばいいが、それまで眞子が何もしないわけはないだろうな・・・・・・」

 日之影はそう言って俺に諦めろ・・・と言う。ちくしょう、なんでこんなことになったんだ。なんで眞子が・・・・・・。

「ちっ、来るぞ!!」

 日之影が舌打ちをした・・・その直後、オークと眞子が動いた。眞子はまっすぐ俺の方に向かって走ってくる。

「ちょうどいい、俺と白坂では眞子を傷つけてしまう。朝倉、お前が眞子の相手をしてくれ」

 そう言い捨てると日之影は洗脳師の方へと跳躍し、空中で鞘から剣を抜き洗脳師に斬りかかる。だが、洗脳師はそれを軽々と避けてみせた。空中に浮いているため、攻撃が当たりにくいようだ。

「よし、オークは俺に任せろ!朝倉、眞子の相手は任せたぜ!!」

白坂は近づいてくるオークを迎え撃つ。オークは手にしている棍棒を白坂めがけて振り下ろした。白坂はそれを剣で受け止める。だが、オークのあまりの力に白坂は徐々に押されている。白坂は剣を下げながら左に回り込み剣を一閃。それをオークは以外にも身を翻して避ける。

「普通の人間だったら今の決まってるぜ、さすがは魔物といったところか」

 オークの実力を読み、白坂は苦悶の表情を浮かべながらそう言った。確かに、白坂はうちの剣道部の主将だし、全国レベルの剣士だ。その攻撃を避けるオークの実力は相当なものなのだろう。

 と俺も解説ばかりしていられない。眞子の相手をしなければならないのだ。こちらに戦う意思はないのだが、向こうは見逃してはくれない。

「我流水越流、闘波拳!」

 眞子の右拳がおそらく気なのであろういつもの殺人拳と同じように燃え盛る。いつもと違うところは右拳に集中しているものが炎ではなく、紛れもなく闘気だということだ。まぁ拳から炎が出るというのもおかしいものなのだが、ここはあえて触れないでおこう。眞子はその闘気を気弾として俺に向かって撃ちだした。当たったらやばい。

「が、ガードオブネイチャー!!」

 俺はさっき日之影に教えてもらった防御魔法の名を叫んだ。だが、

「発動しない?!」

 魔法の名を言ったにも関わらずガードオブネイチャーは発動せず、俺は反射的に左に避けて紙一重で気弾を避けた。もしかして、さっき使えたのは偶然だったのか?

「おそらく、さっきお前が使えたのは怒りによるものだ。普通ならお前の知識量、実戦経験の量じゃ使えない。接近戦でどうにか眞子を抑えておいてくれ!」

 日之影は洗脳師への攻撃を続けながら言った。未だに敵は傷一つない。日之影の剣はただむなしく虚空を斬り裂いているだけだった。

「白坂流剣術、遠心の太刀!!」

 白坂の気合のこもった叫び声が屋上に響き渡る。白坂は体を一回転させて遠心力を加えた斬撃を繰り出す。オークはその攻撃を棍棒で難なく受け止める。力技での攻撃は効きそうにもない。

「ならこれでどうだ!!」

白坂は一度後ろに跳躍した。着地と同時に剣を鞘に収めて構えなおし、オークの元へと駆ける。

「白坂流抜刀術、疾風の太刀!!」

白坂はオークの横を駆け抜け、通り過ぎ様に剣を鞘から抜き、高速で斬撃を繰り出す。剣はわずかにオークの横腹を切り裂いた。だが、オークの回復力はすさまじくすぐに傷が塞がってしまった。前に一度だけ剣道の練習試合であの技を見たことがあったが、やはり刀とは違い細めの剣とはいえ抜刀術には向いていないらしく技にキレがなかった。

「やっぱり剣で抜刀術は無理か」

「そうでもないぜ、閃烈波!!」

 日之影は一度剣を鞘に戻し鞘から剣を物凄い勢いで引き抜いた。鞘から引き抜かれた剣先から見えない研ぎ澄まされた疾風の刃が洗脳師の右横脇腹を浅く切り裂く。今のが洗脳師への初の一撃だった。

「ようは実力次第だ。単にお前がまだ両刃の剣に慣れていないだけでそのうち剣での抜刀術も出来るようになるはずだ」

 日之影はそう口にしてそのまま洗脳師への攻撃を続けた。しかし、あの閃烈波以降の攻撃は洗脳師に一撃も入らない。閃烈波を放っても警戒されているのか、紙一重であたらない。

「っておい、ちゃんと眞子を見ていろ、殺られるぞ!!!」

「えっ!?ってわぁっ!!!」

 日之影の声で俺は眞子と戦闘中だということを思い出し、眞子の攻撃を辛うじて避けた。戦況を解説しながら戦闘しなければならないなんて、主役はつらいぜ。

「・・・・・・なんて思ってる場合じゃない。頼む、目を覚ましてくれ!!そんな洗脳師なんかに操られるような奴じゃないだろ、眞子は!!!」

「だまれぇぇぇぇっ!!!!!」

「うわっ!!」

 眞子の闘気を帯びた拳の連続パンチが俺に繰り出される。いつも杉並が避けているのを見ているけど、これは普通避けきれるものじゃないぞ。

「くうっ!!」

 辛うじて眞子のパンチを避けたが、俺は足を滑らせて地面に倒れこんだ。倒れた時に右足を軽く捻ったのか動かそうとすると痛みが走って立つことが出来ない。

「なんで、あんたはあたしを見てくれないの・・・・・・」

「えっ?」

 眞子の口から出た唐突な言葉が俺の耳を通して脳に響き渡る。見てくれないって、いつも見ているじゃないか。

「どうして・・・・・・朝倉・・・・・・あたしはアンタを殺ス!!!」

 眞子の拳に今まで以上の闘気が集束する。あんなのをもろに喰らったらさすがにケガどころじゃすまないぞ。

「朝倉・・・・・・死ネェェェェェェェッ!!!!」

 眞子の気合の入った、いや、悲痛の叫びとともに必殺の殺人拳+闘気の真の殺人拳が俺に向かって放たれた。狙いは・・・・・・顔面!!

「朝倉っ!!!」

 日之影が叫んだ。だが、そんな叫んでも何も変わりやしないと思った。だが、

「・・・・・・あれ、生きてる・・・・・・」

 おそらく偶然なんだろうけど、眞子の拳は俺に直撃する十数センチ手前で止まっていた。

「うぅ・・・・・・」

 眞子の口から呻くような声が漏れる。眞子が自分の意志で無理やり攻撃を止めたのだ。

「朝倉・・・・・・あたしは・・・あんたを殺したくない・・・・・・あたしは・・・・・・あんたの・・・こと・・・が・・・・・・」

 眞子は体中を小刻みに震わせながらそう口にした。それと同時に俺の右手の甲に水・・・いや涙がこぼれた。眞子の本当の意志が洗脳状態の体を押さえつけているのだ。だが、徐々に再び拳に闘気が集束し始めていた。

「何をしているんだ朝倉、今だ!!!」

 日之影が叫ぶ。眞子は今自らの意志で攻撃を止めている。だが、洗脳が強まればまた俺への攻撃は始まる。だから・・・・・・

「ごめん、眞子!!」

 俺は右足に痛みが走るのを我慢して立ち上がり、右手を握り締めて眞子のみぞおちに渾身の一撃を放った。眞子の体から力が抜け、その場に倒れようとしているのを俺が地面につく直前に両手で支える。

「よくやったぜ朝倉、それじゃあ俺もそろそろこいつを倒させてもらうぜ!!」

 白坂は剣を両手で握り、オークに向かって構えなおして体制を整え、

「・・・・・・ま・・・んだよ!白坂流剣術奥義、雷鳴の太刀!!」

 最初のほうがよくわからなかったが、白坂はかなり姿勢を低くし剣も低く構えて奥義の名前を口にしながらオークに向かって物凄い速さで駆けていった。いや、駆け抜けた。駆け抜けると同時にオークの体を数回斬り刻みながら。その剣の軌跡を辿るとまさに稲妻の模様が浮かび上がる。物凄い速さで駆け抜けたためあまりよく見えなかったが、白坂はオークの目の前でまず左足で踏み込みながら剣を右下から左上に斬り上げ、そして今度はその剣を反して右足で踏み込みながらさらにそこから右上に斬り上げ、そして相手の後ろに回りこんで右上から最後に斬り裂いた部分めがけて剣を振り下ろしていた。白坂はこの動作をほぼ1秒ほどでやってのけたのだ。

「ぐえぇあぁぁぁぁ!!」

 体を斬り刻まれたオークの断末魔の叫びがあたりに響き渡る。その直後、オークの体は緑色の鮮血を噴水のごとく噴出しながら崩れ落ち、斬られた面に沿って4つの肉の塊と化した。

「今の技・・・・・・以前どこかで・・・・・・って逃がすか!!!」

 日之影が白坂の「雷鳴の太刀」に眼を奪われている隙に、眞子を倒され、さらにオークも倒されてしまった洗脳師はどこかへと逃げ去ろうとしていた。洗脳師は徐々に高度を上げていく。

「逃がさないと言っているだろ。お前を倒さないと眞子の洗脳は解けない、悪いが死んでもらう!!!」

日之影はすでにかなりの高度に達した洗脳師の元へと人間とは思えない(人間ではないらしいが)ほどの物凄い跳躍をし、洗脳師のさらに上へと出た。

「終わりだ、閃烈斬!!!」

 気合一閃。まばゆい光を纏った剣を日之影は思いっきり振り下ろした。剣は洗脳師の体を縦に真っ二つに切り裂いた。洗脳師は声にならない悲鳴をあげ塵一つ残さずに消滅した。

 日之影の体は重力によって落下し始めていて、どんどん屋上に近づいてくる。いや、着地地点は屋上じゃない、フェンスを越えている!!

「日之影―っ!!」

 俺は落ちてくる日之影の名を叫んだ。さっき叫んでも意味はないと思ったのは俺だったがどうしても叫びたくなるものらしい。いや、むしろ叫ぶことしか出来ないのかもしれなかった。

 日之影の体がフェンスにかかり、そして見えなくなった。いくら日之影でもこの高さから落ちたらさすがに生きていられるとは到底思えなかった。足の痛みの消えた俺はすぐに日之影の落ちていったフェンスの元へと走った。白坂もほぼ同時に走り出す。

 フェンスの元へと辿り着いた俺はすぐに下を見た。そこには片手でフェンスの向こう側にあるほんの少しの足場の端を掴んで体を支えている日之影がいた。奇跡だと思った。いや、長い時を戦いつづけて過ごしてきた日之影にとって、これくらいのことは俺たちにたとえて言うのであれば階段で足を踏み外してしまった程度のことなのかもしれない。

「あーさすがに少し焦った。すまないが引き上げてくれないか?」

 日之影にそう言われた俺と白坂は急いで、でも落ちないようにゆっくりとフェンスによじ登って向こう側の狭い足場にゆっくりと足を下ろした。

「せーの!」

 俺と白坂は声を合わせて掴んでいる日之影の左手を勢いよく引っ張り、日之影の体を引き上げた。

「すまない、助かった」

「いいっていいって。それより早く広いほうに行こうぜ、ここじゃ危なっかしくて立っていられない」

 白坂が言った言葉で俺は足元を見たが、一人ならまだ広いが三人ではさすがに狭すぎる。少し足を滑らせただけで間違いなく地上まで落下してしまいそうだ。

 俺、白坂、日之影の順にフェンスによじ登って向こう側に移動した。しかし本当に今日は疲れる日だな、まだ午後二時を回ったぐらいだが。

「とりあえず眞子を保健室に連れて行かないか?思いっきり殴ってしまったからすぐには起きないと思うし」

 さっき日之影のところに向かう直前に俺は眞子を扉の横に寝かせておいた。まだ起きていないようだったので俺は日之影にそう提案した。

「あぁ、分かった。とりあえず保健室へ行こう」

 日之影は仕方ないだろうといった顔をして眞子の元へと歩み寄り眞子を抱きかかえて保健室へと向かった。その後を俺と白坂がついて行く。

 

 

 

「これでいいだろう、眞子のことは任せたぞ、橘」

「あぁ任せておいて」

 眞子をベッドに寝かせた後、日之影は保健室にいた身長が俺よりも高く、青い整った髪をした男子生徒、橘 炎次(たちばな えんじ)に眞子のことを任せた。橘は別のクラスの奴なんだが、保健委員でよく保健室にいるのでよく知っていた。俺の友達である学園のアイドル、白河ことりの幼馴染でもあるそうだ。

 それから数分後、保健室を後にした俺たちのうち日之影の携帯電話に電話がかかってきた。日之影はすかさず携帯電話をポケットから取り出して電話に出た。どうやらさくらからの電話らしい。

『・・・・・・あ、日之影君くん、そっちの状況はどう?』

「特に問題は無い、眞子が洗脳師に操られていたがちゃんと救出した。今は保健室で眠らせてある。ついでに言えば白坂を巻き込んでしまった・・・・・・が、白坂は結構腕がたつ、戦力になりそうだ」

『白坂君が?そうか・・・・・・それより大変なことが起きたんだ!』

「大変なこと?」

『実は・・・・・・』

さくらからなにやら重大なことを聞いている日之影が険しい表情をする。さくらから必要最低限のことを聞いたあと日之影は電話を切って俺たちにさくらの言っていたことを伝えた。

「厄介なことになった。桜並木、およびその周辺の公園にて寄生型の魔物、つまりパラサイトが数匹確認されたそうだ。感染者も出ている」

「感染者は分かっているのか?」

 白坂がカチャッと鞘からほんの少しだけ刃が見える程度に剣を引きながら日之影に尋ねる。そしてその問いに対する日之影の答えに一瞬俺の意識が硬直した。

「・・・・・・感染者は二人、それも水越萌と月城アリスだ・・・・・・」

 ミズコシ モエ ツキシロ アリス・・・・・・

 二人とも知っている者だった。水越萌は眞子の姉であり、俺の一年上の本校一年生の先輩だ。月城アリスは一つ下の後輩だった。どちらもわりと仲の良い友人である。

「冗談だろ・・・・・・」

 俺の発言である。友人といえばさっき眞子と戦ったばかりだ。その上さらに今度は先輩、後輩を相手にしなければならないのかよ。はっきり言って辛すぎる。

「寄生した魔物はどうすれば体から取り除けるんだ?」

白坂が真剣な目つきで日之影を見据えて言った。日之影は目を閉じて少し考えてから導き出された答えを口にする。

「以前にも同じことがあった。そのときは洗脳とは違い寄生されている人間を気絶させることが出来ればとり憑いている魔物は自然と消滅したはずだ。だが注意するべきところは洗脳とは違い体を動かしているのは完全に魔物であるというところだ。体の損害など関係なく攻撃を仕掛けてくる。さっきの眞子みたいな躊躇いは一切ないだろう」

「ま、気絶させればいいんだろう?大丈夫、必ず助けて見せるさ」

「あぁ・・・・・・必ず助け出してみせる・・・・・・」

 白坂と同じく、俺も真剣な目つきをしてそう言い切った。日之影はそんな俺たちを見て何かを決心したようだった。そしてゆっくりと口を開く。

「・・・水越萌は桜並木にある広場にいるそうだ。先行して美春がそこへ向かっているらしい」

 美春・・・と言うのは俺の1つ年下の後輩、ついでに幼馴染・・・・・・になるのかな。苗字は天枷、天枷研究所が魔物との戦いの司令部だと言われたときから薄々勘づいてはいたけど、やはり美春も戦闘員らしい。

「月城アリスも同じく桜並木周辺らしいが、こっちは正確な場所が把握できていない。こちらの捜索は杉並が先行して行っているらしい。まぁ杉並のことだからいくらアリスだからといってもそう簡単にはやられたりはしないと思うが・・・・・・」

 アリスの両親はともにサーカスにいたらしく、その身体能力はアリスが受け継いでいた。初めて会った頃は両親を幼いうちに亡くしていたらしく無口だったが、最近はよくしゃべるようになってきていた。時折、物凄い身体能力も見せてくれた。

「・・・・・・そこでなんだが、白坂には俺と一緒にアリスの方の捜索及び救出をしてもらいたい。さっきの動きならばおそらくついていけるはずだ」

「じゃあ俺は萌先輩の方にいけばいいんだな?」

「あぁ、寄生されているとはいえ萌だ、おそらく眞子に比べればたいした相手ではないはずだ。だがアリスは話が違う、あいつの身体能力ははっきり言ってさっきの眞子の比ではない。おそらく今の状態の俺、それに白坂と互角だろう。だからこそ、お前をこっちに来させるのは危険だ。・・・・・・萌の方は任せたぞ」

 確かに、さっきの眞子との戦いだって、眞子の本来の意志が動きを止めてくれなかったら俺は今ごろ顔を砕かれて屋上で死体と化していたんだろうな。考えるだけで恐ろしいぞ・・・・・・。

「分かった、アリスのことは任せたよ、白坂、日之影」

「おーけー、この俺に任せとけって!」

 白坂はさっきとは変わってなんだか楽しそうに元気な声で返事をした。まぁ、心は真剣なんだろう。・・・・・・と信じたい。

「それじゃあ日之影、アリスの捜索アンド救出に向かおうか、杉並も剣術が得意だし・・・・・・もといあいつは全ての武術が得意だったな」

 たしかに杉並はほぼ全ての武術に知的格闘技(チェスなど)が得意なすごい奴だ。だが奴はそのすごさをほとんど悪巧みに使っているからあまり関わりあいたくは無いんだが、あいつは俺のことを同志と言っているし・・・・・・まぁ悪友ってことになるのか・・・。

「それじゃ朝倉、また後でな」

 白坂がそう言ったのを合図に日之影は急いで外に向かった。その後を慌てて白坂が追いかけていく。本当に頼んだぞ、白坂、日之影・・・・・・あと杉並。

 

 

 

 

 

 

 生徒もほとんどが帰っていてほぼ誰もいない校舎の中に俺は一人佇んでいる。静寂の中で今回の出来事を俺のあまり良いとはいえない、むしろ出来の悪い頭で出来る限りの整理をしてみた。

(今回の戦いにおいての初の魔物の発生・・・・・・なんだか俺の関係者を狙っているような気がするんだが・・・・・・気のせいか?それともまさか桜の木で願いを叶えてもらった人物・・・・・・まぁ考えても何も思いつかないぜ・・・所詮俺の頭なんて・・・・・・)

 と結局は自分の頭の出来の悪さを痛感するだけに至ってしまったわけだが・・・・・・。とりあえず俺は萌先輩と美春がいるであろう桜並木の広場へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――純一たちが風見学園を後にしてから十数分後―――

 

「あれ、なんであたし保健室で寝てるんだろう?」

ベッドの上で眠っていた眞子が目を覚ました。自分がなぜベッドの上で寝ているのが分からないらしく、眞子は頭を抱えて考え込んだ。そして屋上で何があったのかを思い出す。

「あたし、変な生き物に操られて・・・・・・そうだ、朝倉を襲ったんだ!!でもその後のことが思い出せない・・・・・・ここで寝ているって事は朝倉たちは無事なのかな?」

「あ、起きたんだ、眞子」

 保健室の扉が開いて見知った顔の男子生徒が入ってきた。青い髪の色をした身長の高い男だ。

「あ、橘。どうしてここに?」

「どうしてって、僕は保健委員だよ?体調の悪い人がいるのに保健室から離れるわけにはいかないよ。先生もいないことだし・・・・・・」

 橘は苦笑しながらそう言った。眞子は橘らしいや。と言ってクスッ、と笑った。

「もう大丈夫そうだね、でももう少し寝ていたほうが良いよ。疲れているみたいだし・・・・・・」

「うん、そうさせてもらうね」

 橘は眞子の顔色を見て元気ではあるがまだ体力が回復しきっていないと判断してそう眞子に言った。眞子自身も自分の体のことはよく分かっているらしく、その言葉に甘えてそのまま保健室でもう少し休むことにした。

「じゃあ僕はもう行くね、ことりが待っているから」

「あ、うんわかった。本当に仲がいいのね、あなたたち」

「まぁ幼馴染だからね」

 他愛もない会話をした後、橘は帰り支度を済ませて保健室を後にした。橘はことりと靴箱で待ち合わせをしているようで急いで靴箱へと向かった。女の子を待たせるのは良くない、そう橘は思ったのだ。実際には待ち合わせの時間までまだ十分時間があって、橘の方が先に着くだろう。

「・・・・・・俺も保健室にいるのに・・・・・・なんで誰も気づいてくれないんだ・・・・・・」

 朝に朝倉のみぞおちにクリーンヒットした一撃で気絶して一度は復活したものの、ついで眞子の殺人拳を喰らって完全にダウンして保健室で寝込んでいた斎藤は、存在そのものを忘れ去られていた。眞子は再び眠りについていたため、斎藤の発言は虚しく保健室に響き渡るだけで、返事は返ってこなかった。

 

 

 

 

 これから起きる出来事が橘の人生を大きく変えることになるとは誰も思いもしなかった。

 

 

 

 

次回予告 (さくら)

 

 お兄ちゃん達が風見学園を出た後、橘君は白河さんとの待ち合わせ場所に向かったんだ。先に着いていた橘君は白河さんを待っていた。白河さんが待ち合わせの場所にきたのはそれから10分ぐらい後だから、本当に女の子を待たせるのが嫌いなんだね。

 それから橘君と白河さんは今日の出来事について少し話をしてから靴箱を出たんだけど、そこで魔族に出会ってしまった。見たこともない化け物を前にして橘君は自分が囮になって白河さんを逃がそうとしているけど・・・・・・あぁ!橘君!!!

 

次回

    目覚めよ炎、歌声とともに

大切な人を想う歌声と、

大切な人を守りたいという想いがそろうとき、炎は目覚める。