日之影、白坂、そして朝倉純一の三人は風見学園の屋上で洗脳師とその部下、そして洗脳された眞子と戦い、洗脳師を倒して眞子を洗脳から解き放った。

 眞子を保健室に寝かせた朝倉たち三人は眞子ことを橘 炎次に任せて保健室を後にした。その直後、日之影の携帯電話にさくらから電話がかかってきて萌とアリスが魔物に寄生されていることを知らされる。

 日之影はさくらから二人の居場所と先発として萌の方に美春、アリスの方に杉並が向かっていることを聞くと電話を切って朝倉と白坂にそのことを伝えた。

 日之影の提案によって三人は一時二手に分かれることになり、実力的にまだはっきりと戦力とは言えない朝倉は危険性の低い萌の方へ、オークを倒せるだけの実力を持つ白坂は日之影と共にアリスの方へと向かうことにしてそれぞれ目的の場所へと向かうのだった。

 それからしばらくして保健室で寝ている眞子が目を覚ました。操られているときの記憶は所々失っているが朝倉と戦ったことは覚えていた。橘は起きた眞子にもうしばらく安静にしていたほうが言いと告げて白河ことりと待ち合わせをしている場所へと向かうのだった。そして午前中から保健室で寝ている男子生徒、斎藤健一は存在そのものを忘れ去られていた。

 

 

 

 

 

           第三話

      目覚めよ炎、歌声とともに

 

「おーい、眞子―!お・き・ろ!!!」

 物音一つしていなかった空間に男子生徒の低い叫び声が響き渡った。ほとんどの生徒が帰宅した校内の保健室で寝ている二人の生徒のうち、トゲトゲな髪形をした身体的には同世代の平均的な身長をした男子生徒の斎藤健一は仕切りになっているカーテンを開けて隣で寝ている女子生徒、水越眞子に話しかけていた。が、寝ているため反応が無かったため斎藤は眞子の肩を揺さぶったがそれでも起きないため、眞子の耳元で叫んだのだった。

「うぅ・・・頭が・・・」

「よ、起きたか」

「よ、起きたか。じゃない、何すんのよ!!」

「ごふぅ!!」

 斎藤に耳元で叫ばれて目が覚めた眞子は斎藤の顔面に右ストレートを放った。それをモロに食らった斎藤は仕切りのカーテンを引き落としながら自分の寝ていたベットのさらに向こうにあるベッドまで殴り飛ばされた。

「くぅ・・・なんだかいつもより力が入ってないか・・・・・・」

「あれ、あたしこんなに強かったっけ?」

 斎藤は顔面に手を当てながらヨロヨロとやっとといった感じで立ち上がった。あれだけの一撃を顔面に食らっても気絶しない斎藤の頑丈さはこの風見学園でも5本の指に数えられるほどのものだ。それに対して眞子の力はもともと5本の指に入るだけのものがあったが、洗脳されたことによって無意識のうちに闘気を使えるようになっているためか今斎藤に放った右ストレートはいつもの数倍の破壊力があった。

「と・・・とりあえずさっき屋上で何があったのか教えてくれないか?」

「えっ?」

 唐突に聞かれたその質問に眞子が疑問の声を漏らす。その理由は先ほど屋上で起きたことは現在の人間の持つ理に囚われていない出来事であったためだ。朝倉や日之影は魔法こそ使わなかったものの、魔物の存在、ただそれだけで、今の理は無意味なものになってしまう。

「・・・実は、最近日之影たちの行動が怪しかったんで、ちょっと独自に調査していたんだ。まぁ、杉並の行動が怪しいのはいつものことなんだが・・・・・・」

 斎藤は成績もあまりよくなく、バカなことばかりをやっているが、刃物や火器類の使い方には長けていた。そして彼がもっとも長けているといえるものは趣味の関係もあるのか、追跡、調査などの隠密行動である。つまり、彼の趣味はストーカーなのである。

「そして、調査していくうちに興味深い文献があってね。それに載っていたことは基本的には日本国内過去の戦乱のことだったんだが、一つ譜に落ちないのがあった。眞子、今から百年前までに日本内で戦乱はあったか?」

 斎藤がいつにもなく淡々とした口調で説明をしながら、眞子に問い掛けた。その問いかけに眞子は右手をグーにして額にあてて少し考え込んだ。考えるまでも無い問いであるが、眞子も成績はいいほうではないので時間がかかった。

「ない・・・わね。そもそも明治を過ぎてからは戦乱と呼べるようなことは起きてないね」

 眞子が答えを出した後、斎藤は再び口を開いて淡々と続きを話し始める。

「そう、日本国内ではここ百年間では戦乱は起きていない。だけど、その文献にはこんなのが載っていた。魔法使いと騎士によって行われた魔王との戦い、封魔戦争。最初はその文献のことを平家物語とか源氏物語とかのようなものを載せたものかと思ったんだが、その封魔戦争以外は間違いなく現実に起きた戦乱・戦争のことだった。だけど、魔法だとか魔物なんてのはこの世に存在しないのが常識。だけど、もし、本当に魔法が存在するのであれば、日之影たちの今朝のような謎の行動も何かわかるかも知れない。なんせ封魔戦争はその名の通り魔王を封じた戦い、そしてその文献が正しいのであれば、魔王が封じられたのは・・・ここ初音島だ。だから、屋上で何があったのかを教えてくれ」

 そう淡々と述べた斎藤にはクラスにいるときのようなバカらしい口調や表情は一切なく真剣な表情で、冷静な口調だった。そんな斎藤に眞子はこいつには話してもいい、そう思い、全てを話すことにした。

「所々忘れているところがあるけど、覚えていることは、全部話してあげる。そう、魔物のことを・・・屋上でなにがあったのかを・・・」

 

 

 

 誰もいない靴箱で一人の男子生徒が静かに佇んでいる。身長は平均より高めで、その整った青い色をした髪が物静かな靴箱を吹き抜けるかすかな風で揺れていた。男子生徒は右手に教科書を広げてそれをじっと見つめている。時折左手でページをめくる以外には何もせずにただじっと教科書を見ているだけであった。

「あ、橘くん!」

男子生徒、橘炎次が靴箱に来てからおよそ10分ほどの時間が経って、一人のとても長い赤い髪をして頭に帽子をかぶった女子生徒が橘の元へと駆け寄ってきた。

「待った?」

「いや、今来たところだよ、ことり」

「うそ、ホントは何分くらい待ったの?」

「ん〜10分くらいかな?教科書を読んでいたから良く分からないや」

「やっぱり、ふふっ」

「ははは」

 二人だけしかいない靴箱に橘とその女子生徒、白河ことりの笑い声が響く。普通なら響くほどの音量ではなかったが、靴箱にいたのが当人である橘とことりだけだったので、普通の話し声ですら響き渡るのに十分な音量であった。

「そういえば誰もいないね、ともちゃんとみっくんも先に帰っちゃったし」

「うん、そうだね。ほとんど家に帰ったみたいだよ」

 ことりが辺りを見渡して唐突にそう口にした。それに橘は同意の意を示す。現在風見学園に在籍している生徒は男女を問わず午前中のうちに帰宅していった。残っているのは極わずかで、橘とことりを除いては保健室にいる眞子と斎藤だけである。

「やっぱり今朝のお姉ちゃん以外の職員全員が病院へ搬送されたことが原因なのかな?」

「たぶんそうだね」

 風見学園の職員は暦先生を除いた職員全員が、現在病院に入院している。それも入院したのは今朝のことだった。それも全員が同じ時間である。不自然にも程がある、と橘は心の中で思っていた。

「なぁ、ことり。今回のこと、なんだか変だと思わない?というかどうみても不自然なんだけど・・・」

そういいながら橘は右手に持っている本をパタンと閉じた。そしてそれを床に置いてある鞄の中にしまい込む。

「そうだよね、でも、先生たちがみんな入院したのは事実だし、事件なのかな・・・ちょっと怖いね」

「事件・・・として考えた場合、先生たちがみんな入院するようなことが起きたのになんで警察は動いてないんだろうか。なんだかこのことの裏には秘密にしなければならないようなことがあるのかも知れないね」

「お姉ちゃんに聞いてみようかな、話してくれないかもしれないけど」

「まぁとりあえず今日は帰ろう。続きは明日朝倉たちがいるときにしようか」

「うん」

 会話が終わり、二人は靴箱から靴を取り出し、それを履いて校門へと足を運び始める。校門まで半分といったところに着くと、橘が足を止めた。ことりはどうしたの?といった顔で橘を見つめる。

「・・・そういえば、眞子が保健室に運ばれてきた理由聞いてなかったな・・・」

「え?水越さんが保健室にいるの?」

「うん、でも・・・なんで朝倉たちが運んできたんだろう・・・今思うとなんだか変だな・・・」

 橘は朝倉たちから眞子がなぜ保健室に運ばれてきたのかを聞いていなかった。朝倉たちは午前中にどこかへ行ったと聞いていた橘はそれを考えると白坂といっしょにいた眞子を朝倉たちが運んでくるのはおかしいと思った。学校に帰ってきた、という考え方が一番自然だが、眞子が保健室に運ばれなければならない理由がそれには無い。

「疑念に思っているようだな、お前が考えていることの答え・・・俺が教えてやろうか?」

 突如どこからか男の声がした。声は若々しく、アルトの声質である。その声に橘とことりは驚いていた。

「誰だ!?」

 橘が叫ぶ。するとその声に反応するかのように橘たちの目前の景色が歪んで、そこから水色の髪をした、コバルトブルーの目の色をしている少年が姿を現した。薄い布地の服を数枚重ねてきているような服装をしていて、両の手には何も持っていない。身長は155センチくらいである。

「その答えは・・・俺たちが眞子を操って朝倉純一と戦わせたからさ」

 少年の口が開き、発せられた声はさきほど何処からか聞こえてきた声とまったく同質のものであった。先の朝倉たちの戦いにおいて魔物を操っていたのはこの少年だったのである。

「眞子を操ってって・・・君は一体?」

「人間ならざる者、お前らにわかりやすく言うと、魔族ってやつさ」

 少年は自らのことを「魔族」と言った。橘の脳内では今回の事件を一気にまとめて、そして答えを導き出す。

「ことり、逃げるんだ。僕が時間を稼ぐからその間に朝倉たちを探してくれ」

「えっ!?でもそれじゃ橘くんが!!」

 ことりは橘の導き出した答え・・・自分が囮になってことりを逃がす・・・という考えに拒否の反応を示した。少年から発せられる殺気は男女を問わずどんな人間にも分かるものだった。橘は間違いなく・・・殺される。

「大丈夫、ことりが逃げ切ったと思ったら僕も後を追うから、安心して」

 橘はことりに向き直り、やさしく微笑んだ。それに対してことりの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「大丈夫・・・僕は死なない」

 橘はそう言って、早く!とことりに合図をした。ことりは目に浮かんでいる涙を右手の人差し指で拭き取って橘の意志に答えるように、裏口のある方向へと走っていった。

「自らの身を呈して女を逃がしたか・・・賢明な判断だな。実のところ俺の目的はあの女を連れて行くことでな」

「えっ?」

 少年は自分の狙いは白河ことりであると告げた。魔族という存在がことりを連れ去ろうとする理由、それは・・・。

「ことりの・・・人の心を読む力を狙っているのか!?」

「ほう、知っていたのか、あの女の能力を。こちらの仕入れた情報では白河ことりはその能力のことを秘密にしていたはずだが?」

 ことりの持っている能力、それは人の心の声を聞く、つまり人の心を読む能力である。彼女はその能力のことを誰にも話してはいなかった。自分の心を読まれる、そう人が思ったら彼女は気味悪がられるからだ。

「秘密にしているよ、だって僕にすら話してくれてないし。いや、実は話してはくれているんだ、過去に一度だけ。ことりはそのことを覚えてはいないだろうけど」

 数年前、ことりと橘が初めて出会ったときのことであった。白河ことりと暦は本当の姉妹ではなかった。今の両親も暦の実の両親で、ことりにとっては本当の両親ではなかった。ことりは暦を含む全ての人々にどうやって接すればいいか分からなかった。相手の心が全く分からなかった。そしてことりは一人孤独に時を過ごしていたとき、橘とであった。橘は閉じこもってしまったことりの心の壁を取り除いた唯一の人間だった。『僕がことりちゃんを守るから』『どうかお願い、ことりちゃんがみんなと仲良くやれますように』その橘の願いに桜の木が答えてくれて、ことりは今の能力を手に入れたのだった。

「あのときの約束を守るためにも・・・僕はことりを守ってあげなくちゃいけないんだ!!」

 橘の目に力がこもる。だが、橘は分かっている・・・勝てない。だけど、ことりを残して死ぬわけにはいかない。

「僕は・・・死ぬわけにはいかない!」

 橘は叫び、そしてことりが逃げたのと逆の方向、少年のいる方向へと走り出した。もちろん橘に闘って勝つなんて考えは無い。ただ、ことりが逃げきれるまでの時間を稼ぐためにはどうしても攻撃をしなければならないのだ。

 橘はまだ手にしている鞄の中から理科室にあるような試験管を二本出してそれを少年に向かって投げつける。それは先日杉並がことりを守るための護身用にと渡してきたものだった。試験管は少年の頭上でぶつかり合い、割れて中に入っていた液体が少年に降り注ぐ。

「ほう、これは硫酸か」

 少年に降り注いだ液体は硫酸、人間であればかなりのダメージが見込める。しかし、魔族である少年には全く効果が現れていない。いや、効果が無いわけではないが蚊に刺された程度にしか効いていない。

「杉並の奴、ケチって物凄く薄い硫酸渡したな・・・」

 橘は魔族に全く効かなかった硫酸を見て濃度が低かったのだと判断した。魔族というものがどれほどの存在なのか橘は知らなかったが、硫酸をまともに食らって効果が無いのはさすがに薄かったとしか思えなかった。

「じゃあ今度は俺の番だな、本当の攻撃ってのはこうやるんだ!」

 少年は何も詠唱することなく、虚空から氷の矢を取り出した。そしてそれを頭上に掲げるとその矢は少年の手を離れて空中に浮き上がり橘の方に刃を向けて静止する。

「氷の一矢よ、対象を貫きて、凍りつかせよ」

 少年はその一本の氷の矢を橘に向けて放つ。矢はまっすぐに橘に飛んでいき、左足の太腿の辺りを捕らえ貫いた。橘は声にならない悲鳴をあげながらその場に崩れそうになるが辛うじて堪える。だが矢は完全に貫いていたため直撃した場所の周辺が凍りついていた。

「くう・・・まだ・・・時間を稼がないと・・・・・・」

 凍りついて力の入らない左足に無理をさせて橘は駆け出す。もちろん逃げるわけがなく、ただ少年の周りを走っているだけである。うかつに逃げ回って周りに被害を出すわけにもいかない。ましてことりが逃げた方向に向かってしまっては逃がした意味がなくなってしまうからだ。

 少年は自分の周りを走り回る橘を見て狂気の笑みを浮かべた。辺りを包んでいる少年の殺気はさらに膨れ上がっていてこの場に誰も入り込めないような雰囲気を漂わせていた。

「ただの人間にしては良く動き回るじゃないか?ハハハ、気に入ったぞ!!足掻け、死を免れることの出来ない恐怖を味わえ!!!」

 少年は再び虚空から氷の矢を一矢取り出してそれを頭上に掲げる。矢は重力を無視して浮かび上がり、その氷の刃を橘に向けて静止する。そして一秒と待たずに橘に向かって一直線に飛び出す。矢は動き回っていた橘の右腕の手首と肘のちょうど中間の辺りをいとも簡単に貫き通した。矢の直撃した部分はさきほどと同じように急速に凍りつき始め、数秒としないうちに神経が麻痺した。貫かれた傷口は地が噴出するよりも早く凍り付いてしまっているためそれほど痛々しくはなく、橘自身もそれほど痛みを感じない。むしろ痛みを感じないことこそが真の恐怖なのだろう。少年は次第に凍りついて神経が麻痺し始めている橘の姿を見て笑みを浮かべていた。

「最初の一撃とは違って今度は痛みを感じるよりも早く凍りつくようにしておいてやったぞ、痛みを感じないだろう?ははははははっ!!」

 少年は傷つきながらも懸命に時間を稼ごうとしている橘の姿を見て辺り一面に響き渡りそうなほど大きな笑い声を上げながらさらに氷の矢を一つ、二つと虚空から取り出し、それを頭上に掲げて橘に向けて放つ。それらは橘の左横脇腹と右肩をそれぞれ貫いた。しかし、それだけの傷を負ってもたちまちに凍りついてしまうため橘は痛みを感じることが出来なかった。

「体の・・・感覚がなく・・・なってきたな・・・」

変わりに橘を襲っているのは神経の麻痺、感覚の消失、脳の機能低下であった。すでに橘の体は致命傷を負っていて立てるだけでも奇跡的なものだった。このままにしておいても数分もせずに死にいたるほどに橘は傷ついていた。

「もはや手を下さずとも貴様は死ぬ・・・が、せめてもの情けだ、一思いに殺してやろう。今度は凍りつかせはしない、苦しみながら逝け!!」

 少年はそう言って右手で一本の氷の矢を虚空から取り出して頭上に掲げた。

「やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 少年が掲げた氷の矢は橘にその刃を向けて静止したとき、裏口のある方向から女の子の声が響き渡った。橘はその声を聞いた瞬間声のした方向へ振り返り、そしてそこにいた赤い髪の女の子の姿を見て驚きの表情を浮かべる。

「なん・・・で・・・・・・ことり・・・」

 橘は全身の感覚が薄れていき言葉もまともに発音できない状態で声を振り絞ってことりに問いかけた。ことりは橘の元へと駆け寄ってきて橘のすぐそばでその問いかけに答えた。

「だって・・・橘くん死ぬ気じゃない!!」

 ことりの叫びが橘の至近距離で響き渡る。橘はそれを聞いてそんな分けないと思ったが、ことりの能力のことを思い出してすぐにそれが事実のことだと分かった。橘は表面上死ぬ気はないと言っていた。しかし、心の奥底ではことりを守るためなら自身の命ですら捨てても構わないと思っていたのだ。

「うかつだったな・・・僕が心の中でそう思っていたなんて・・・・・・」

 橘はことりにその能力が宿ってしまったことを初めて後悔していた。能力さえなければことりは狙われることはなかった。そして何より自身も気づかないほど奥底にある心の声を聞かれてしまったことが悔しかった。ことりには嘘をつきたくない。ことりにだけは正直に接してあげたい。そう思って生きてきていたのだ。

「やはり心の声を聞いていたか、白河ことり。そこまで奥深くにある心の声を聞くことのできる能力・・・あいつがほしがるわけだな」

「あい・・・つ・・・」

 誰なんだ?と橘は言おうとしたがそこまで声が出せなかった。すでに橘の体はもう声を出すこともできなくなってしまっていた。

「さて、ちょうどいい。俺はその女に興味はないし必要もない。ちょっとした手違いで死んでしまった・・・ということにするのも面白いな」

「なっ?!」

 少年は狂気の笑みを浮かべながらそう言った。そして頭上でその刃を橘に向けて静止している氷の矢に言葉を投げかける。

「氷の矢よ、その刃を向けるべき対象を変更し、新たなる対象へと飛び立ち、貫け!!」

 氷の矢は少年のその言葉に答えるようにその刃を向ける先を橘からその隣にいる女子、白河ことりへと移した。そして次の瞬間、矢はことりに向かって勢い良く飛び出した。矢は人間の体にある心臓を貫通してその傷口からは赤い鮮血が飛び散った。そして矢に貫かれた人間はその場に崩れ落ちる。

「う・・・そ・・・そんな・・・なんで・・・・・・」

 地に倒れ伏した人間を見て小さく、女性の綺麗な声が漏れる。青い髪をしたその男子生徒からは血がとめどなく流れつづけている。矢に貫かれたのはことりではなく、矢がことりにあたる直前にことりを突き飛ばした橘だった。

「ははははははっ!!やはり女を守るために自ら矢を受けたか、まったく人間というのはバカな生き物だな。自身が死んでは意味がないだろうに」

「その通りだよ!!!!」

「ん?」

 少年のいった言葉にことりが肯定の声をあげる。ことりは橘の体を抱きしめた。ことりの着ている制服や手、頬に橘の血が付着する。

「死んじゃったら・・・意味がないじゃないですかぁ!!!!」

 ことりの悲痛の叫びが学園中に響き渡る。だが、その叫び声に橘はピクリとも反応しなかった。橘の体はただ熱を失っていくだけだった。

「さて・・・一緒に来てもらおうか、白河ことり」

 少年がゆっくりと一歩、また一歩とことりの方に足を進める。ことりにはもはや少年の存在などどうでもよかった。連れて行かれることも頭にはなかった。ただ頭にあったのは、橘の死だけであった。

『歌いなさい、ことり』

「えっ?!」

 どこからともなく女性の声が聞こえた。女性の声はことりの脳に直接響いているようで少年には聞こえていない。少年は顔色ひとつ変えないでゆっくりとことりに歩み寄ってくる。

『歌いなさい、大切な者に捧げる命の歌を。貴女は火の巫女・・・今にも消えようとしている彼の命を救うために・・・』

「歌う・・・」

『歌いなさい火の巫女よ。そして目覚めさせなさい、あなたを守護する炎の守護者』

「・・・・・・」

 声はそれ以来聞こえてこなかった。ことりと声とのやり取りが行われている間に、少年はことりのすぐ近くまで来ていた。

「では白河ことり・・・一緒に来てもらうか・・・・・・む?」

 少年がことりの手を掴もうと右手を出したとき、強力な結界のようなものの力が少年を拒んだ。少年は結界の存在に気づくと後ろへ跳躍してことりとの間合いをとった。無理に結界を突破しようとすれば、魔族とはいえ少年の体は間違いなく破壊される。それほどまでに強力なものであった。

「なんだこの力は、俺が・・・近づけないだと?!」

 少年が驚嘆の声を漏らす。少年は仕方ないといった感じで右手で虚空から氷の矢を取り出してそれを頭上に掲げてことりに向けて放つ。だが、その氷の矢はことりを包み込んでいる結界に阻まれて直撃の寸前で弾き飛ばされる。

 少年が再び虚空から氷の矢を取り出したとき、辺り一面に綺麗な歌声が響き渡った。透き通るような声の女性の・・・白河ことりの歌声だった。

 少年は取り出した矢を右手に握り締めたまま後ろに跳躍してさらにことりとの間合いをとった。ことりの歌声を聞いた少年はどこか苦しそうに顔を歪めている。

「ぐ・・・あぁ・・・こんな能力、聞いてないぞ」

 少年は距離をとったにも関わらずその歌声に苦しめられていた。歌声は物理的に少年に届いているのではなく、少年の脳に直接響いているような、そんな風に少年に届いていた。

『橘くん・・・私はここにいるよ・・・私が貴方を守る!!』

 歌いつづけていることりにはもう周りのことなんか見えていなかった。ことりの頭の中にあることはただ一つ、大切な人を想う気持ちだけだった。そう、この歌は彼に捧げられている・・・橘炎次に・・・。

 

 

 

 暗い、何も見えない所を一人の男が彷徨い続けている。青い色の髪をもつその男は風見学園の制服を来ている。手には何も持っておらず、ただひたすら暗闇の中を彷徨い続けていた。

 果たしてどれくらい彷徨っているのだろうか。それほど長い時間ではないが、彼にはとても長い時間彷徨い続けているように感じられた。決して足を止めることなく、ただひたすら前へ、前へと歩きつづけた。

 しばらくしてそんな彼の脳裏を一人の女の子の記憶が駆け巡った。赤い色の長い髪をして帽子を被っている同じ学園に通う女子生徒、白河ことりとの思い出だった。そして記憶が駆け巡ると同時に彼は目に熱いものを感じた。

『ことり・・・守ってあげられなくて・・・ごめん』

彼、橘炎次は生前、ことりを守ると約束した。しかし、それを果たすことができず、彼は魔族の放った氷の矢によって心臓を貫かれて絶命した。今にもことりは魔族に連れ去られようとしているのではないか、ということが頭に浮かんできても、死んでしまった橘にはどうすることもできなかった。

『この暗闇の先にあるのは・・・地獄なのかな。ことりを守るって約束・・・果たせなかったからな』

『いえ、地獄でも天国でもありません。貴方が行くべきところは彼女の元です』

『えつ!?』

 暗闇の向こうで待っているものが何なのかを考えながら歩いていた橘に謎の声が話しかけてきた。声の質からして声主が女性であることを橘はすぐわかった。

『彼女の元って、ことりの所になのか?』

『そうです。貴方は彼女を守ると約束したのでしょう?ならば彼女の元に帰るのです』

『でもどうやって・・・』

 橘はすでに死んでしまった自らのことを思い出すと現世に戻ることなど不可能だと思った。すでに現世に残された体は熱が奪われて冷めきってしまっている。それに心臓を貫かれているのに生き返ることなど不可能だ。そう橘は思った。

『肉体の死など真の意味での死ではありません。聞こえませんか、貴方を想う人の歌声が』

 声にそう言われた橘は耳を澄ました。するとどこからか聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。とても懐かしい、大切な人の、自分の想い人の歌声が。

『この歌は・・・あのときの!』

 橘は聞こえてきた歌から過去の思い出を思い出した。それは初音島で一番大きいあの木の下で願い事をして、約束を交わした時のことだった。ことりは自分を守ってくれるお礼にと初めて人のために歌を歌ってくれた。もちろん橘もことりも子供だったので上手い下手はよく分からなかった。しかしその歌は、橘にもことりにもその歌は忘れられない、二人の思い出の歌となった。そう・・・、

『そよ風のハーモニー・・・』

『さあ、目覚めなさい、火の巫女を守護するものよ、彼女の想いとともに』

 その言葉を残して、声は聞こえなくなった。暗闇の中を再び静寂が包み込む。だが、橘はもう前へは進まなかった足を止め、そして力強く叫んだ。彼女の心の叫びとともに。

『僕は・・・ことりを守る!!!』

 

 

 

 風見学園を包み込んでいた歌声が止んだ。それと同時に歌声の主である白河ことりは糸の切れた操り人形のようにその場にゆっくりと倒れ伏した。そしてことりを包み込んでいた結界も力を失い、やがて消滅してしまった。

「ようやく・・・力尽きてくれたか」

 ことりからかなりの距離をとっていた少年は歌声が止み、結界が消滅するのを確認するとゆっくりとことりのほうへ歩を進め始めた。だが、少年は数歩歩いただけで足を止めた。理由は簡単なことだった。風見学園を覆っていたはずの自らの魔力による冷気が弱まっているからである。

 少年は橘たちの前に姿を現す前に事前に風見学園を自らの魔力による冷気で覆っていた。それにより自らの扱う氷の矢が溶けることを防ぎ、尚且つ相手を永久に凍りつかることができるようにしていたのだ。魔力による冷気は人間の肌にはわからず、気温にも現れないため、基本的に一般人には分からないようなものだった。

「俺の魔力を打ち消すだけの力・・・一体だれが・・・・・・まさか?!」

 少年はことりの傍で倒れている橘に目をやり、そして驚嘆する。魔族である少年には常人には見えない魔力の流れを見ることができる。自らの魔力を打ち消した魔力とも闘気とも言える力の出所は、死んだはずの男子生徒だったのだ。

「ばかな・・・貴様は死んで・・・・・・な?!」

 少年の口から驚きの声が漏れる。少年の目には死んだはずの橘がゆっくりと立ち上がるのが見えていた。傷は塞がっていて血も流れていなかった。橘は立ち上がり、しっかりと地面を踏みしめて少年を見据えた。橘の目には今までにないくらいの闘志が湧き上がっている。

「言ったはずだ、僕は絶対に死なないと。僕はことりを守るんだ!」

 橘は少年を睨みつけながら言った。その眼差しはいつもみんなに向けるような優しいものではなく、相手を必ず倒すという覚悟のこもった鋭い眼差しだった。

「ほざけ、たかが人間のお前に何ができる。もう一度あの世に逝け!!」

 少年は先ほどから握り締めていた氷の矢を頭上に掲げてそれを橘に向かって解き放った。矢はまっすぐに橘に向かって飛んでいく。

「残念だけど、その矢はもう僕には効かないよ」

 橘は飛んでくる矢に向かって手をかざした。するとその手から熱を持った存在が出現し、氷の矢に向かって進んでいった。そして氷の矢を包み込み溶かした。

 少年は橘の手から出現したその熱を持った存在に驚きを隠せなかった。それはかつて自分たちを苦しめた存在である人物が扱っていたものに酷似していたからである。そう、その存在とは・・・。

「炎を扱う人間・・・だと・・・まさかバーニングナイトなのか?!」

 少年は驚嘆の声を上げた。橘の手から出現した熱を持った存在、それは炎だったのである。そう、橘は何もない所から炎を出現させたのだ。

(やっぱり、出ろと念じるだけで炎が出せた。なら、イメージをもっと強くすれば・・・)

 橘は手を少年に向けて静止させながら自身の中で炎の姿を強くイメージする。それに答えるように橘の掌から先ほどより凄まじい熱量を持った炎が出現した。そして橘はそれを意のままに操れるかのごとく少年に向けて解き放つ。

「いっけぇぇぇぇぇっ!!」

 炎は橘の掌から離れるとはじけるよう一直線に少年に向かって飛び出していく。少年はそれを見ると直感的に跳躍し空中に逃げてそれを躱した。それと同時に躱す際に左手に収束させていた冷気の弾丸を橘に向けて解き放つ。

「フリーズ・バレット!!」

 野球のボールよりもやや大きめの氷の弾丸が少年の左手から断続的に撃ち出される。撃ち出された弾丸は全部で七発。橘は目の前に迫ってくるそれらの弾丸の方に右手をかざすと、

「我が手を起点に対象へ、炎よ七つの弾丸となり跳びたて!!」

 呪文のような言葉を口にした。その直後橘の掌に炎が収束して弾丸となって跳び出した。弾丸は全部で七つ。橘の炎の弾丸と少年の氷の弾丸は空中で衝突し、共にその力を打消し合い、消滅した。

「なんだと?!」

 少年は驚嘆の声を漏らした。必然であった。先ほどまでは何の能力も持っていなかった人間が、例え少年の推測のように『バーニングナイト』であったとしても、目覚めたばかりだというのにも関わらず、魔族である少年の魔法を相殺するだけの威力の炎を放っているのである。

「やっぱり、何かしらの言葉でイメージを強めると思ったより簡単に技が出せるみたいだな」

 橘は自身の能力の分析を行い立てた仮説を実行し、それを証明した喜びが大きかったのか誰の目から見ても判るような笑みを浮かべた。その橘の発言を聞いていた魔族の少年はその素質に微かながら恐怖を感じていた。口で言う分には簡単だが、それを行うには修行で想像力を強化する必要がある。魔族である少年にはそのような修行はまったくと言っていいほど必要はないが、人間である橘がそれをやってのけることは難しい。魔力だけならかなりの量を保有している純一でさえ、イメージだけでは魔法を使うことができないのだ。橘の場合は魔力ではなく能力、と言った方が正確なのだが、同質なもののため理屈は同じである。

「天性の素質・・・というやつか」

「形勢逆転だな!」

 そういいながら橘は少年のほうに向かって駆け出した。先ほどまでとは違い橘はほんの数歩で少年との間合いを詰め、右足で回し蹴りを放つ。蹴りは少年の鼻面寸前をかすめだけだったがそれも予測の範囲内なのかそのまま地を蹴って少年の後ろに回りこみ炎を纏った右拳を少年の背中に放った。橘の右拳はまだ甘く見ていた少年の背中にクリーンヒットして少年を十数メートル先にある校舎の壁に叩き込んだ。能力の覚醒に伴い橘の身体能力は常人のそれを超えて達人の域にまで達していた。さらにそれに炎の能力が加わり、事実上並みの格闘家のそれよりも破壊力は増しているのであった。

「くぁあぁ・・・貴様ぁぁぁっ!!」

 少年は衝突と同時に崩れた校舎の壁に埋もれていたがすぐにその残骸を冷気で凍らせて砕いてその場から脱出した。少年の体には決定的ではないがそれでも限りなくダメージがいっていて少年の瞳には人間に押されているという事実からくる屈辱による怒りが見て取れるほどに浮かんでいた。

「まさかこの俺を相手にここまでやるとは、大した奴だ。だが!!」

 少年は叫ぶと両手を胸の前まで持っていきボールを持つような姿勢で呪文を唱えた。

「世界に溢れし水の力よ、形状を変え全てを凍て尽くす氷の力となりて我にその力を示せ・・・フリージング・ブリット!!」

 少年の両手の間に氷の力が収束し始め、徐々に球状の姿をなしていく。先ほどの『フリーズ・バレット』よりも上位に位置するこの魔法はその弾丸の大きさが先ほどのものとは桁が違う。野球のボールに対して今度はバスケットボール二個分ほどの大きさの弾丸が姿を現した。

「魔族が呪文を唱えるほどなんだからすごい魔法を創造していたんだけどね・・・そんな高々さっきの氷の弾丸が大きくなった程度の魔法・・・当たらないって分かっているんじゃないの?」

 橘は少年のその魔法を見て呆れた顔をしてそう言った。橘自身は魔族のことをよくは知らなかったがその能力が人間の数倍以上はあるということだけは想像がついていた。ならばその魔族である少年が呪文を唱えてまで出す魔法なのであるから物凄いものが出てくるのだろうと予測していた橘にとってその魔法はあまりにも単調なものだった。

「その魔法、思うに放ってしまったらもう直線にしか進まないんじゃないのかな。だとしたら僕には当たらないよ、それくらい分かってるんだろ?」

「・・・・・・あぁ、だから・・・・・・こうさせてもらう!!!」

 少年はその巨大な弾丸を両手で支えたまま体ごと視線を橘から逸らした。少年の視線のその先にいるのはことりだ。

 橘は少年の視線のその先にいることりの姿を確認するとすぐにことりの前に移動して少年の射線に自ら入り込んだ。

「卑怯だぞ・・・・・・」

「何とでも言え、だがこれで貴様が避ければその女が死ぬことになるぞ?」

「ちっ」

 少年は気を失っていることりを狙うことでその身を呈してでも守ろうとするであろう橘を射線上誘い込んだ。これでは橘は避ける事ができず、『フリージング・ブリット』を受けるかもしくは撃墜するしかなくなった。

 少年がその巨大な弾丸を両手で頭上に掲げたそのとき、橘は左手を右手の甲に添えながら右手を少年に向け、この状況を打開するための『呪文』を口にした。

「世界と共に在りし偉大なる火の力よ、一点に集いてその姿を炎の弾丸と変え、我が前にその力を示せ!!」

 『呪文』を唱え終わった橘の右手に凄まじい熱を持った炎が収束し、『フリージング・ブリット』と同じくらいの大きさの巨大な弾丸を形成した。

「ばかな?!」

 少年はその巨大な火炎弾を目にして驚愕の声を発した。

「水・・・いや、氷か。まぁそんなことはどうでもいいか・・・同じようなイメージの仕方をして似通った呪文みたいなものを口にすればこれくらいのことはできそうだったからやってみた」

「これは仮にも人間で言う上級魔法に位置する魔法だぞ!?それを能力とはいえ容易く応用で生み出すとは・・・」

 なんて恐ろしいやつなんだ。と少年は心の中で呟いた。事実、たかが玉を出しただけじゃないか、と言えなくもないかもしれない。だが、それはあくまで知識のない奴(例えば純一)が言えることだ。日之影が言っていたように魔法というものはそう簡単に扱えるものではない。橘の場合は魔法ではなく能力ではあるが、能力だとしてもやはり上級クラスの魔法を先ほどまで一般人であった者が扱えるのはとても信じられない光景であった。恐らく少年の言う前代の『バーニングナイト』でもそのような素質はなかったのだろう。

「まぁいい、そんな急ごしらえの技で・・・これを防げるか!!!」

 少年はそう叫び終わるのを合図にして二人は同時にそれを解き放つ。

「バーニング・ショット!!」

「フリージング・ブリット!!」

 両者から解き放たれた炎の弾丸と氷の弾丸は一直線に相手に向かって飛び出し、空中で衝突した。威力は互いに互角でどちらにも動かない状況が数秒続いた後、爆発を起こして互いに消滅し爆発の際に生じた水蒸気や砂埃などが辺り一面を包み込んだ。

 水蒸気や砂埃によって生じた煙が消失するまでにかかった時間はわずか数秒。その間に次の行動に出ていた者がいた。

「うぁ・・あぁああ!」

 まだ完全に晴れきっていない煙の中魔族である少年の恐怖の呻き声が辺りに浸透した。少年の視線の先には橘の放った火炎弾が迫っていた。

「僕の勝ちだ」

 橘がそう宣言した直後、火炎弾が少年を直撃し、その周辺ごと火柱を上げて炎が立ち上った。あの衝突の瞬間、橘はこうなることを予測していてさらにもう一つ『バーニング・ショット』を生み出していたのである。

「ぐあぁぁぁああああぁっ!!」

 少年の断末魔の叫び声が風見学園に響き渡る。さすがに魔族でもこれだけの炎を、それも氷属性の魔族が受ければ消滅するだろうと思った橘は次の瞬間、驚きの声をあげた。

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁああっ!!!!!」

「なっ?!」

 橘の視線の先に炎に包まれ、悲鳴をあげながらも確かにその存在を維持している魔族の姿があった。

「あれだけの炎に焼かれてもまだ生きていられるのか!?」

 橘の額に汗が滲んだ。能力に覚醒したことによってある程度の非常識を受け入れたとはいえ、さすがに自分の現在扱えるだけの全力の攻撃で倒せないことに焦りを感じていた。

「・・・貴様、名前は・・・・・・」

 さすがにダメージの大きかった少年は炎がおさまると地面に手足をつきながらそう橘に言葉を投げかけた。

「炎次だ、橘炎次」

「橘・・・炎次・・・・・・だな、その名・・・決して忘れんぞ!!」

 橘の名を聞いた少年はその言葉を最後に残して虚空へと消え去った。存在が消滅したわけではなく、ただ自分たちの世界に逃げ帰っただけである。

 少年が虚空に消えてから辺りは静寂に包まれた。が、それも数秒ですぐにことりが目を覚ました。橘はことりが目を覚ましたのに気づくとすぐにことりの傍まで歩み寄った。

「たち・・・ばな・・・くん?」

 ことりはまるで幽霊を見るかのように橘を凝視した。当然のことであった。橘が生き返ったのはことりが気絶してからのことだったからである。

「生き返ったの!!?」

「うん、ことりの想いが僕の魂をここに呼び戻してくれたんだよ」

「でも確かに橘くんは心臓を貫かれて・・・あれ?傷が塞がってる!」

「そうだね」

 ことりは橘の身体を見渡して確かに穴があいたはずの胸のあたりの傷が完全に塞がっているのを見て驚きを隠せなかった。橘はそんなことりに対して軽い相槌を返すだけだった。

「どうしたの?」

 そんな橘の様子が気になったのかことりが橘に声をかけた。橘は足に力が入らないのか足元がふらついていた。

「大・・・丈・・・夫・・・」

 ―ドサッ―

 それだけを言い残して橘は糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。

「橘くん!?」

 ことりは急に倒れた橘をみてどうしたらよいのかわからず今にも泣き出しそうになっていた。

「さっきの叫び声とか爆発音はこっちからだったよな、ってあれはことり・・・に橘!?」

「えっ、白河さんに橘?」

 ふと校舎の入り口のほうから声がした。ことりがそちらに目をやるとそこには保健室で寝ていた眞子と斎藤がなにか大変な事故にでも遭遇したかのように驚いた顔でこちらに向かって駆け寄ってくる最中であった。

「ことり、いったい何があったんだ?」

「橘は・・・死んじゃってるの!?」

 二人はそれぞれ抱いていた疑念を口に出した。それを聞いたことりは二人にさっき起こった出来事を簡単に説明して、橘が急に倒れたことを話した。

「息はしているし、心臓もちゃんと動いているなら命に別状はないだろうけど一応保健室に運ぶのがベストだな」

 そう言って斎藤が橘の体に触れたとき、

「つ!?橘の奴なんでこんなに体が熱いんだ?」

 触れた瞬間手に走った熱のせいで斎藤は一回手を引っ込めた。

「え?私は何ともないけど・・・」

「あたしも何ともないけど?」

 斎藤と同じように橘の体に触れたことりと眞子には特に何も感じられなかったようだった。それを見た斎藤は自分の感覚がおかしいのか?という疑念を持ったまま眞子に足のほうを持ってもらい、熱いのを我慢して橘を保健室まで運んでいった。

 

 

 

「よし、このまま寝かせておけばそのうち起きるだろう」

 斎藤と眞子、そしてことりは気を失ったままの橘を保健室まで運び終えてそのままベッドに寝かせた。体力の急激な消耗が原因だろうと斎藤は言った。

「・・・まぁ橘のことは問題ないとして、魔族がことりたちの前に姿をあらわしたってのは本当か?」

 ことりの話を聞いて魔族の存在を確実なものとして認識した斎藤は再び確認するようにことりにそう尋ねた。ことりはその問い、二文字で返事を返した。

「私を変人扱い・・・しないの?」

 魔族などというおよそ空想の世界での生き物が現れて自分たちを襲ったなどということを話したことりはそのことを頭がおかしいんじゃないか?という風に思われるのではないかと内心思っていた。

「そんなことするわけないだろ?第一既にその魔族が言っていたように眞子が操られていたんだったら眞子の話と辻褄が合うからな」

「水越さんも魔族になにかされてたんだよね・・・」

 ことりは少し申し訳なさそうな目をして眞子を見た。魔族がことりを狙ってきていた以上、眞子が狙われたのも自分のせいだと思ったのだろう。それに対して本人である当事者の眞子は、

「気にすることないって、朝倉たちが助けてくれたわけだし」

「でも!!」

「はいはい、お二人さんとも無事だったんだからいいじゃないか。美しい女性にそんな顔は似合いませんよ、ことり」

「その妙なセリフ、やめなさいよ!っていうかあたしはどうなのよ!!!」

 斎藤のいつもの妙に芝居がかったナンパ的なセリフに対して眞子が斎藤を殴り飛ばしたのは言うまでないことだったが、それを見ていたことりは笑っていた。

「というわけで橘が起きるまで傍にいてやるとするか」

「ってあんたは本当に人間なの!?」

 眞子のパンチを今日だけもう三発も無防備で食らっているにも関わらず平然としている斎藤は橘が起きるまで三人で傍にいてやろうと提案した。もちろん眞子もことりもそれに賛同して橘が起きるのを待ちつづけた。

 

 

 

ちなみに橘が目を覚ましたのは夜の九時過ぎであった。

 

 

 

 

禍禍しい感じの雰囲気を醸し出している照明は電気ではなく柱に立てかけられた巨大なろうそくのようなものの火で賄われている広い部屋で一人の青年が剣の手入れをしていた。すると突如青年の前方の景色が歪み、そこからボロボロに傷ついた少年が姿を現した。

「おやおや、これはまた派手にやられていますね、レイヴン」

「うるさい!!」

 レイヴンと呼ばれたその少年は傷ついた体が忌々しいかのようにそう吐き捨てた。それをみた青年はやれやれといった感じで少年を見ていた。

「それで、誰にやられたんだい?その様子じゃ能力者の女は連れて帰れなかったみたいだけど」

「仕方ないだろ、ラクフェス。相手に『バーニングナイト』がいたんだからな」

「なにっ?」

 少年が口にした『バーニングナイト』という言葉を聞いたラクフェスと呼ばれた青年はは驚きの表情を隠せなかった。

「『バーニングナイト』ってことはまさか火の巫女だったということか」

「あぁ、最悪なことに火の巫女と『バーニングナイト』のやつが一緒にいてな、覚醒させてしまったらしい」

「なるほど・・・それにしてもいくら魔王様が封印されていて我等の魔力も激減しているとはいえ、覚醒したばかりでお前を撃退するとは恐ろしい素質だな」

 覚醒したばかりの『バーニングナイト』に撃退されたことを知ったラクフェスはそのレイヴンと同じようにその素質に恐れを抱いていた。

「このまま『魔を継ぐ騎士』まで力を取り戻したら厄介なことになるんじゃないのか?」

 レイヴンは現状不利な方向に進んでいるのではないか、ということをラクフェスに尋ねた。

「お前や私が気にすることではない、『魔を継ぐ騎士』の方はヴェイドに任せてある。まぁ奴が『魔を継ぐ騎士』をどうにかできるとは思えんが、時間くらいは稼げるだろう。お前は傷がいえたら『バーニングナイト』への対処を任せる。私は引き続き魔王様の魂の行くへを探す」

「はいはい、わかったよ。言われなくとも『バーニングナイト』の奴はこの俺自らの手で葬り去ってやる!」

 レイヴンはその目に復讐の色を宿しながらその部屋を出て行った。残ったラクフェスは口を閉ざして再び剣の手入れをはじめた。

 

 

 

 

 

 

次回予告 (杉並)

 やあ、元気にしていたかね諸君。ん?私かね、私はmy同士である朝倉と別れて天枷研究所に向かった後すぐに月城嬢と水越姉が寄生されたことを知りすぐに月城嬢の捜索に向かったのだよ。えっ?なにてこずってるんだだって?ふふふ、私は手の内はそう簡単には明かさないのが主義なのだよ。月城嬢は確かに『あれ』を持っているので厄介な相手ではあるが、私が本気を見せるには少々役不足なのだよ。それに日之影たちも向かっているのだ、私が月城嬢を倒していたら二人に申し訳ないだろう?本当は押されているだけじゃないのか、だって?ふっ、それはいずれ判ることだ、お楽しみは後にとっておきたまえ。

 

 

         次回

強敵、能力者アリス

それは最速の能力と最速の剣