一年中桜が枯れない初音島において最も大きい桜の木であり、最初の枯れない桜と呼ばれている桜の木、そして魔王の魂が封印されているとされている魔法の桜であるその木の周辺で二人は戦いを繰り広げていた。

 風見学園の黒に近い濃紺の学生服を身に纏った男子生徒は同じく風見学園の女子の制服を着ている小柄な人形のような感じをしている少女が繰り出す達人レベルの徒手空拳を必要最小限の動きで避けながら一瞬の隙を突いて相手の後ろに回りこみ手にしている木刀を上段から下に振り下ろす。

少女は振り下ろされた木刀が触れる直前に姿を消して男子生徒の頭上6メートルほどの位置に移動して落下しながら蹴りを繰り出す。

落下地点のコンクリートで塗り固められた地面を破壊するほどの少女の蹴りを男子生徒は後ろに跳び退いて避け、握っている木刀を中段に構えて相手の次の攻撃に備える。

「やはりこの動き・・・・・・能力者か」

 木刀を手にしている男子生徒、杉並は冷静な口調でそう口にした後、嬉々とした表情で次の行動に移った少女を迎え撃っていた。

 

 

           第四話

        強敵、能力者アリス

 

 刻は既に午後四時を回っていて学生たちが島中に出没し始めた頃、二人の風見学園の男子生徒、日之影翔と白坂藤次は桜並木周辺を駆け回っていた。

「あーなんだ、その魔力とかでアリスの居場所はわからないのか?」

日之影の隣を走っている白坂は唐突に日之影に問いかけた。

「魔力で居場所がわかればさくらがとっくに確認している」

日之影は走りながら白坂にそう答えるとさらに続けて

「魔力で居場所の特定を行うことはできるが、それは魔力を所持しているものだけだ。幸い、萌は魔法使いとしての素質があったんだよ」

と言った。萌は眞子とは違い闘気を使った肉弾戦をできる人間ではないが、修行を積めば魔法を使えるようになる。それが日之影がここ数ヶ月調査した情報だった。

 日之影は風見学園に来てから朝倉のことを監視すると同時に、魔族との戦いに備えて戦力になりうる人材を探していた。そしてその結果、水越眞子、萌の両名のうち萌には魔力があることを確認していた。

 他にも杉並には何ともいえない強大な力が備わっていることや白坂の剣術の腕前、橘のまだ目覚めていなかった能力、ことりの能力なども全て日之影は知っていた。

 知っていて尚日之影は彼らのうち杉並だけに魔族の詳細などを伝えていた。それはなぜか。単純、彼らに自ら魔族と戦う術を手に入れてもらうためである。ただ、それは自分たちの戦いに巻き込まれるという形、つまりが白坂のような状況を想定してのことであり、眞子の洗脳、ことりを狙う魔族の出現は想定外である。

「萌先輩に魔法使いの素質があるってことは朝倉じゃ勝てないんじゃないのか?魔物に寄生されたことによって萌先輩が魔法を使えたとしたら・・・」

「例え萌が魔法を使ってきてもせいぜい初級魔法だろう。美春もいることだ、二人で戦えばどうにかなるだろう」

 それよりも厄介なのはこちらのほうだ、と日之影が続けていった。

「月城アリス、風見学園付属二年生。その小柄な体型とは裏腹にその身体能力は学園随一とも言われている。身体能力は確かに優れているかもしれないが、それだけではあの杉並や俺、白坂のような規格外な人間とは渡り合えないだろう。しかし、アリスには秘められた力があってな、まだ目覚めてはいなかったが、寄生によってその力が引き出されていたら・・・」

 おそらく杉並と互角以上に渡り合える強敵かもしれない。そう口にした日之影の表情は少々険しかった。さらに日之影は続けて「今の俺では勝てないかもしれない」と言った。

 

 

 

 日之影たちがアリスを探しているのと時を同じくして、俺、朝倉純一は広場に行く途中で偶然合流した天枷美春と共に萌先輩と対峙していた。対峙したのはいいが・・・。

「あの、萌先輩・・・に寄生している魔物さん、やる気ありますか?」

 妥当な疑問だった。俺たちの目の前にいる魔物に寄生された萌先輩はいつものように立ったまま寝ているのだった。

 萌先輩はいつも歩きながら寝ていたり立ったまま寝ていたり、会話の途中でいきなり寝てしまったりする人だったが、まさか魔物に寄生されてすらその能力?は健在なのだろうか・・・。

「って朝倉先輩、なにやってるんですか!早く萌先輩を解放してあげましょうよ!!」

 俺の隣で嬉々として戦いを心待ちしている通称『わんこ』の美春が急かすように言った。おそらく初の戦闘だからなのかも知れないが、どこかのバカのように戦闘を楽しむようなことはしてほしくはないのだが・・・。

「まぁ気絶させないと助けられないわけだし、仕方ないか・・・」

 やる気起きないんだよなぁ、と俺は続けて言ってから戦闘体勢をとった。戦闘体勢といってもまだ実戦経験なんて数回しかないから適当なものなのだ。

「それじゃあ朝倉先輩、先に行ってください」

「はぁ?」

 俺が構えるとすぐに美春がそんなことを言ったために俺は素っ頓狂な声を出してしまった。

「なんで俺が先に行かないといけないんだ?」

「だって・・・朝倉先輩は女の子を危険に晒すんですか?」

「いや、そもそも美春はやる気満々だったんじゃないのか?」

「それはそれ、これはこれです」

 美春は戦闘はしてみたいがやはり少々怖いらしい、どうあっても俺を先に特攻させたいようだ。

「かったりぃ・・・」

 俺は延々と続くであろうやり取りを止めて萌に向かって構えなおして駆け出す。駆け出したにもかかわらず萌先輩はまだ夢の世界にいた。

「本当にやる気起きないんですが・・・」

 急速に距離が狭まっている中まだ夢の中にいる萌先輩を見て俺は最後にもう一度そういってから至近距離で拳を打ち出した。

「って・・・えええええええええええっ!?」

 俺の拳は見事に萌先輩の腹にクリーンヒット。萌先輩はそのまま目が覚めることなく俺の胸に倒れこんできて・・・気絶していた。

「こんな呆気なく終わっていいのか?」

 何ともいえない脱力感を覚えた俺は気絶した萌先輩を抱えて美春の下へと歩み寄った。

「うぅ・・・朝倉先輩〜美春の出番はどうなるんですかぁ・・・」

 完全に気絶してしまっている萌先輩を連れて行くと美春が口にした第一声がそれだった。そんなことをいうくらいなら自分が先にいけと言いたくなるのは俺だけだろうか。

「とりあえず萌先輩の救出はできたけど、どこに連れて行けばいいんだ?」

 萌先輩は気絶しているとはいっても日之影が言うように寄生している魔物が出て行っているとは限らない。できるだけ精密に検査をしてもらったほうがいいと思った俺は研究所の関係者、というかそこの教授の娘である美春に問いかけた。

「そうですねぇ〜とりあえず研究所まで運べばいいんじゃないですか?」

 とはっきりしない答えが返ってきたわけだ。研究所の娘なんだからもう少ししっかりしてもらいたいが、『わんこ』にあまり高望みはしてはいけないと思ったのでそれ以上は追求しなかった。

「まぁ仕方ない、とりあえず研究所に運ぶか」

 俺はそういって萌先輩を背中に担いでその場を後にしようとした。そのあとを美春がやはりなんだか沈んだ顔でついて来る。

「あっ伏せろ美春っ!!!」

 その場を後にしようとしたとき、今朝感じたものと同じようなものがその周辺に漂うのを感じた俺は美春に伏せるように促して俺自身も萌先輩を庇うような姿勢で地面に伏せた。次の瞬間、周辺にあった噴水が突如、耳を裂くような爆裂音とともに崩れ去ったのだった。

 

 

 

「なっ?!この感じ・・・ヴェイドか!!」

 白坂とともにアリスの探索を続けていた日之影はその魔力を感じると唐突に叫んだ。

「いきなりなんだよ、ヴェイドっていったい?」

ヴェイド・・・それはかつての封魔戦争にて魔王配下最強の四天王として最終決戦にて日之影と死闘を繰り広げた相手だった。

「ヴェイドは・・・俺が前回の戦いで倒した四天王の一人だ。先ほど他の四天王・・・レイヴンの魔力を感じたからあいつらが復活していることは薄々気づいてはいたが・・・」

「気づいてはいたが?」

「ヴェイドが出現した場所が・・・朝倉たちのいるところなんだ。朝倉は魔法を扱えていないが魔力は膨大だから探知しやすいんだが、そこにもうひとつかなりの魔力を持った存在が確認された」

 日之影はすぐにでも朝倉たちの下へと向かいたかったがそうにもいかない。ヴェイドほどではないかもしれないがアリスも『能力』が発動していたら、杉並でも勝利は望めかった。

「・・・そうか、杉並がもしアリスと既に戦っているのなら・・・」

 日之影はそう言って目を閉じて神経を集中させ始めた。白坂はそれを身動き一つとらず、黙って見つめている。

 数秒ほどの間だったがその場には回りに人間がいなかったこともあり静寂に包まれた。そして瞳を開いた日之影は、

「杉並とアリスは・・・枯れない桜のところだ!!」

 そういってすぐにその場から駆け出していた。そのあとを白坂が何も言わずについて行く。日之影は杉並の発する魔力を感じとってその居場所を掴むことに成功した。

 現在の日之影はこの世界にくることによって魔力を著しく失っているのだが、瞳を閉じ、神経を集中させることによってある程度の魔力を感知することができる。これはさくらや来夢にもいえる事である。無論、魔族などの魔力を極端に大量に所有している存在は出現するだけでその存在を感知することができるのだが。

「待っていろよ朝倉、ヴェイドなんかに殺られるんじゃないぞ!!」

 

 

 

「・・・日之影・・・こっちはあいつに任せておいてよかったんじゃないか?」

「・・・・・・」

 数分後、『枯れない桜』に辿り着いたとき、そこでは杉並が・・・

「ふははははははっ!!あたらんっ、あたらんぞ!!!」

「どうしたどうした、お前はそんなものなのか?」

「悔しかったら俺に一撃でも与えて見せろ!!!」

「ふはははははっ、あたらなければどうということはない!!!」

 などと叫びながら徒手空拳や蹴りで攻撃を繰り返している少女、月城アリスの攻撃を必要最小限の回避行動で避け続けていた。どちらも疲れが見えない、恐るべき体力である。全力を出せる体に戻っている状態の日之影や、異常な身体能力を持つ白坂ならいざ知らず、杉並という謎の男は簡単にその領域での戦闘を行っていたのだった。

 しかし、さすがの杉並でも相手の攻撃を避けることはできてもアリスにダメージを与えることは出来ずにいた。

「ん?そこに見えるは日之影に白坂ではないか、何をしているのだ、早く加勢しないか」

 日之影と白坂の存在に気づいた杉並は日之影たちにそう言った。

「・・・加勢も何もお前楽しんでないか?」

「楽しんで何が悪い?戦闘というものは楽しむことに意味があるのだ!!」

「はぁ・・・」

 杉並は何の躊躇いもなく『楽しむ』ということを口にした。戦闘を『楽しむ』というのは別に個人の問題であって、日之影が今までに出会った人間の中にもそういうやつは少なくはなかったが、この世界でもまた『楽しむ』存在がいることに少々呆れを感じていた。

 しかし、呆れていても杉並がアリスに決定打を与えられない、むしろ一撃も攻撃をあてられない状況は変化することはない。日之影は少し『かったりぃ』と誰かさんと同じようなことを行ってから戦闘に参加するために剣を抜こうとした。そのとき

「おっと忘れていた、月城嬢と戦うのであればこれを使うといい」

 そういって杉並がどこから出したのか木刀を二本日之影と白坂にそれぞれ一本ずつ渡るように見事に投げ渡した。

「これは?」

 木刀を受け取った白坂はその木刀を見て杉並に問いかけた。見るからに普通の木刀だった。

「その木刀はおそらく天枷研究所が作った対寄生型魔物用戦闘具『除精刀』だな」

「ご名答」

 日之影のその推測に対して杉並は肯定の意を示した。

 この対寄生型魔物用戦闘具『除精刀』は攻撃の際に寄生されている人物の身体には一切のダメージは与えずに精神に寄生している魔物そのものを攻撃するために開発された武器である。この武器の製作を依頼したのは他でもない日之影である。前回の戦いにおいて寄生された人物を気絶させると同時に寄生している魔物がその人物の精神を破壊し尽くすという自体が起きているために開発を依頼していたのである。

 なら純一に萌の救出を任せるのは危険ではないか?そう思うかもしれないが純一やさくらは例外でこの世界の正統な魔法使いの血を引いているため、無意識のうちに本体へのダメージは一切なしに魔物を攻撃することができるのである。これはこの世界の魔法使いの『魔法は誰かを救うためのもの』という考えに基づいている行動であり、自分に対しては寄生を防ぐことはできないが、その代わりに他を助けるときは無意識のうちに力が発動してしまうのである。

 この場合純一が音夢を救いたいと思ったときも同じことであり、あの時は怒りによりその無意識に開放される魔力の量が増大していたために『サンダーフレイム』のような上級魔法を使うことができたのである。

 そしてそれと同じことを行うことのできる木刀を手にした日之影と白坂はその木刀を日之影は右手で、白坂は両手で握り絞めて戦闘体勢をとる。

 アリスの猛攻を避け続けていた杉並は二人の準備が整ったのを確認すると攻撃を避け、地を蹴って一気に日之影たちの傍まで移動した。

「気をつけろよ、月城嬢は」

「わかっている」

 日之影は杉並が言うより先に承知の意を示した。直後、日之影は地を蹴って一気にアリスとの間合いを詰めて木刀を横薙ぎに一閃、しかしアリスの体は一瞬ぼやけて消え、木刀はただ空気を薙ぐだけだった。

 アリスは姿を消した直後白坂の背後に回り込み右足で回し蹴りを放ち、白坂はそれをギリギリのところで木刀の腹で受け止め、杉並は木刀を相手に刺すように構え、刺突を放つが、またしてもアリスの体は直撃の寸前にぼやけて消えていた。

「わかってはいても『瞬間移動能力』は厄介だな・・・攻撃があたらない」

 アリスの持っている特殊能力である『瞬間移動能力』は『瞬動術』と呼ばれる歩法に近い能力を生まれながらにして感覚的に使用することができる能力である。『瞬間移動能力』と『瞬動術』の違いはその特性にあり、『瞬動術』は一度使ったら一直線にしか進めず、軌道の変更が効かないが、『瞬間移動能力』は移動を行っている間は自由に軌道を変更することができる。ただし、移動範囲は合計で最大百メートル、それ以上に移動をし続けることはできない。さらに遠くまで移動を行える能力も存在するが、この場合は『瞬間転移能力』となる。

「白坂は『瞬動術』を使えないのか?」

 日之影は先の戦いで白坂が人外的な速度で駆け抜けるところを見ていたため一応聞いてみることにした。

「・・・・・・」

 それに対して白坂は黙ったまま瞳を閉じで精神を集中させ始めた。できるだけ神経を敏感にさせて戦わなければアリスの能力には太刀打ちできないと悟っているのだろう。

 その間にもアリスは再び姿を現して今度は目に見える速度で日之影たちとの距離を縮めてくる。それを日之影が迎え撃つが実力を半分も出すことのできない今の日之影ではアリスのその動きにさえついていくのがやっとだった。

「・・・仕方ない」

 日之影は地を蹴って一度アリスとの距離をとって瞳を閉じて精神を集中し、呪文を口にした。

「速さを司りし風の力よ我が身に宿れ、エアロインプルーブ」

 口にした呪文により発動したエアロインプルーブ・・・風の身体能力向上魔法によって身体能力の向上した日之影は再びアリスとの距離を縮めるべく地を蹴った。先ほどまでとは明らかに違う速度で一気に間合いを詰めた日之影はその速度を生かして刺突を放つ。しかしやはりアリスはその能力によって一瞬にしてその場から消え去った。

 次にアリスが出現したのは日之影の後方、至近距離。アリスは徒手空拳で数打の拳を日之影に放ち、日之影はそれを杉並のように必要最小限の動きで避ける。

 アリスの攻撃を全て避けた日之影は再び斬りかかるがやはり寸前で避けられ、木刀は虚空を薙ぐだけ。

 日之影とアリスはその攻防を数度繰り返し、どちらとも攻撃があたることはなく、アリスの攻撃を日之影が最小限の動きで避け、アリスは能力によって一瞬でその場から移動して避ける。ただそれだけの攻防を繰り返すことしか今の日之影はできなかった。

 日之影とアリスが攻防を繰り返す中、傍観を続けていた杉並が動いた。日之影は杉並が動いたのを黙認するとその場から瞬時に離脱し、新たに呪文を唱えはじめる。

 杉並の行動に気づいたアリスはすぐにその場から飛び退いて杉並の刺突を避ける。刺突を避けられた杉並は顔色ひとつ変えることなく地を蹴ってアリスとの間合いを詰めて下段に構えた木刀を一気に振り上げる。それをアリスは能力によって避けて、

「いまだ日之影!!」

「・・・残されし軌跡を辿れ、ライトニング・チェイス!!」

 日之影の地面についた右手から電流が地面を走り杉並の前方まで移動してさらに軌道を変えて移動する。それを日之影は追う形で走り、そして電流が対象を捉えた。

 地を走っていた電流は対象であるアリスを捉えるとそのまま絡み付いて電流を流しつづける。電流といっても致死量ではなくせいぜい麻痺すればいいところの電力である。本来ならば相手を死に追いやることもできるが、今の日之影ではそこまでの威力は出せないし、救出が目的の以上そこまでする必要はない。

 アリスがライトニング・チェイスに捉えられたのを確認しながら日之影は木刀を中段構えて至近距離までいってそこで横薙ぎに木刀を振るう。木刀はアリスの体に命中した、そう誰もが思った。しかし・・・・・・。

「なっ!?今のでも決まらないのか!!」

日之影の斬撃はアリスの残像を切り裂いただけでそこにはアリス本人は存在していなかった。ライトニング・チェイスは確かにアリス本人を捕らえていたが、日之影が攻撃を行う前には既に能力によって脱出していたのだった。

「く・・・あと5%でいいから力が出せれば・・・」

 今現在の日之影は力の80%以上を喪失している状態であり、その状態で行える行動には自ずと限界が生じてくる。今の日之影にはこれ以上アリスを倒すための手段はもう残されていなかった。

「せめて『瞬動術』が使えるレベルまで力が戻っていれば・・・」

 アリスの能力に対抗できる可能性のある唯一の歩法である『瞬動術』を使えるレベルに戻るまではあと数日はかかる。そして今それを使えるのは・・・。

「あとは俺に任せてくれ」

 瞳を閉じて精神を集中させていた白坂が瞳を開き、手にしている木刀を両の手で握り締めて日之影、杉並のいる方向とは別の誰もいない空間に向き直り、そして白坂は姿を消した。

「白坂流高速戦闘歩法、『電華』!!」

 姿を消した白坂の声が辺りに響き渡り、次の瞬間物がぶつかり合う音が鳴り響いた。その次の瞬間、白坂が向いていた方向の空間に白坂とアリスの姿が黙認された。

 姿を現した白坂の握っている木刀はアリスの左肩に命中していて、アリスは苦悶の表情を浮かべていた。無論、木刀『除精刀』は肉体的なダメージを一切与えないため、今苦悶の表情を浮かべているのは寄生している魔物そのものである。このまま第二打を放てば完全に魔物を除去することができる。だが白坂には第二打を放つことができなかった。

 白坂の第二打がこないことを察知したアリスは動かない白坂を蹴り飛ばして再び能力によって姿を消した。物音を立てないその動きはまさに暗殺者の動きのように静かで、それでいて恐怖を感じさせていた。

 蹴り飛ばされた白坂はそのまま宙を飛び、その一部始終を見ていてすぐに行動に移していた杉並によって受け止められ、地面に足を、そして手をついて息を荒げていた。

「やっぱり『電華』はまだ早すぎたかな・・・一撃で体が悲鳴をあげていやがる」

 白坂の使った『電華』は白坂流剣術における歩法のうち最速を誇る歩法で、それを駆使した攻撃はそれこそ一瞬の内に行われる。このとき使い手の剣士の体にかかる負荷はものすごいもので、下手をする腕や足の骨が砕け散ってしまうほどである。

 白坂の場合体は一撃を放つだけで悲鳴をあげ、それ以上の行動に移ることができなかった。幸い体は疲労を伴うだけで骨などには影響はなかったようだ。

「『電華』はもう使えない、後残された手は・・・」

 体が『電華』に耐え切れないためこれ以上は使うことのできない白坂は他の技でアリスを倒すことのできる技を探していた。『速』で勝つことはできない、だからといって『力』では到底無理である。そこで白坂はアリスの動きが先ほどまでに比べて微々たるものではあるが弱ってきていることに気づいた。それは、ギリギリ白坂が感知できる程度の動きではあったが、白坂はその微々たるものを感知できることを確認すると、最後の手段に出た。

「杉並、日之影。そのまま動くな、息を潜めていてくれ」

 そう言って白坂は日之影たちから距離を取り、できるだけ空間を広く取れる位置に移動する。

「さぁて、一撃入れられて焦ってるんだろ?だったら俺を狙って来い!!」

 白坂はアリス・・・いや、寄生している魔物そのものに対して呼びかけ、そして自らは再び瞳を閉じて神経を敏感にさせる。

 辺りを静寂が包み込み、やがて姿を見せたアリスが地を蹴って白坂に向かって移動していき、そして再び能力による目に見えない速度での移動を開始した。そして次の瞬間、

「白坂流剣術・陣の剣・二の太刀、水鳥」

 白坂の小さく、冷淡なその言葉とともに白坂の放った横薙ぎで高速の一撃が至近距離間近にまで接近していたアリスの横腹に直撃し、そのままの姿勢で二人は数秒間沈黙していた。先に沈黙を破ったのは・・・糸の切れた人形のように崩れ落ちたアリスだった。

「ふぅ、まったく・・・陣の剣を使っている俺の至近距離まで近づくなんて、末恐ろしい能力だな」

「白坂ッ!!」

 白坂は地面に倒れているアリスを背に担ぐと日之影たちの下へゆっくりと歩み寄ってきた。杉並が白坂に代わってやろう、といってアリスを白坂から自分の背に移した。

「あー疲れた。『電華』の影響で体中がいてぇ・・・」

 白坂はそういってその場に座り込んで痛む体にできるだけ負荷がかからないような姿勢をとった。

「まぁこれくらいならすぐに回復するとして・・・だ。杉並、お前本気出してなかっただろ?」

「ふっ、気づいていたのか」

「あたり前だ、何年クラスメイトやってると思ってるんだ」

「幼少のころからだな」

 白坂の問い掛けにいつもの調子で答える杉並。彼は白坂の言う通り本気は出していなかった。そのことを彼、杉並は「謎が多いほうがかっこいいというだろう?」ということで片付けてしまった。

「まぁアリスも無事救助できたわけだし、良しとしておきますか・・・って日之影?」

 白坂は自分の横で静かに佇んでいる日之影が気になって声をかけたが日之影はすぐには返事をせず、数秒間を置いてから白坂のほうに向き直って口を開いた。

「ここから数キロ離れた場所で大きな二つの異なる魔力の衝突が感じられた。おそらく片方はヴェイドなのだが、もう一方は・・・」

「朝倉なのか?」

「恐らく朝倉だろう、しかしこの魔力は・・・」

 日之影の感じた二つの魔力のうち片方は間違いなくヴェイドだった。そしてもう一つそれに劣らないだけの魔力を持った存在がヴェイドの魔力と衝突しているということが日之影は気になっていた。朝倉の魔力だと考えるのが自然だが、それにしては魔力量が桁違いだ。『サンダーフレイム』を使用したときに感じた魔力量を数倍は上回っていた。

「とりあえず俺は魔力の発生源に向かってみる。杉並と白坂はアリスを連れて研究所に行っておいてくれ」

「ちょっと待てよ俺も!」

 自分もついて行こうとして立ち上がろうとした白坂を杉並が制する。白坂は不満そうな顔をしながらも渋々その場に腰を降ろした。

「後は俺に任せて早く朝倉の所に行ってやれ日之影」

「すまない」

 日之影は杉並に向かって軽く頭を下げた後急いでその場を後にした。相手がレイヴンがラクフェスであればここまで気にすることはなかった。だが相手はあのヴェイド・・・前回の戦いにおいて自分を苦しめた相手なのだ。いくら力を失っていてもその力は今の朝倉が勝てるようなものではなかった。日之影にはそう思えた。

「今行く、待っていろヴェイド!!」

 

 

 

 

 

 

次回予告 (日之影)

 水越萌を呆気無く気絶させることに成功した朝倉と美春は萌を連れて研究所へと向かおうとしていた。そのとき付近にあった噴水が爆裂音とともに砕け散るのだった。

 幸い爆発による被害はなかったが、その爆発の張本人が朝倉たちの前に姿を現し、朝倉たちは戦いを余儀なくされる。

 力の差の歴然としている相手に、どう立ち向かう、朝倉。

 

 

 

         次回

強襲、爆炎のヴェイド

     守るため、焼き尽くせ、サンダーフレイム